更新日: 2019.01.11 インタビュー

エキスパートに聞く「仕事とお金の話」

効率だけを追求すると長続きできない。「働かないアリ」に学ぶ、関係としての永続性

Interview Guest : 長谷川英祐(北海道大学大学院准教授)

執筆者 : 田中恭子 / Photo : 谷口哲

効率だけを追求すると長続きできない。「働かないアリ」に学ぶ、関係としての永続性
2010年に出版した『働かないアリに意義がある』は話題を呼び、現在まで20万部を超える、科学系の新書では常識破りの売れ行きを見せています。

またその論文は、電子オープン誌のScientific Reportsの年間2万本近い公開論文のなかで、2016年ダウンロード数トップ100に選ばれています。アリの社会を人間の経済社会になぞらえ、講演依頼も多く寄せられる長谷川先生に、動物の社会や生態から学ぶ人間社会のあり方、種同士、環境と深く関わりながら長い年月を生き延びてきた生物の神秘をうかがいました。

Interview Guest

長谷川英祐(北海道大学大学院准教授)

長谷川英祐(北海道大学大学院准教授)

1961年東京都生まれ。子供の頃から動物(特に昆虫)が好きだった。大学卒業後、民間企業に5年間勤務した後、東京都立大学(現首都大学東京)大学院で生態学を学ぶ。現在、北海道大学大学院農学研究院動物生態学研究室に所属し、昆虫から脊椎動物まで、さまざまな種類の動物を用いて進化生物学、動物行動学、動物生態学を専門に研究を続けている。『働かないアリに意義がある』(メディアファクトリー・現中経の文庫)ほかの著書がある。趣味は車、映画鑑賞、釣りなど。漫画は人生の友。座右の銘は「引かぬ、媚びぬ、省みぬ」。

田中恭子

Text:田中恭子(たなか きょうこ)

フリーランス・エディター&ライター

北海道大学卒業後、メーカー勤務を経て出版業界へ。自身の経験を生かした旅行、
アウトドア、ライフスタイル、自然などを得意とするが、ジャンル問わず、多方面
で活躍。

谷口哲

Photo:谷口哲(たにぐち あきら)

フリーランス・フォトグラファー

 

 

 

働かないアリが、コロニーの存続の鍵を握っていた

 
――「働かないアリ」について話題になりましたが、先生の研究を簡単にご説明ください。

アリってとても働き者のように思われていますが、実は巣の中のある瞬間を見ると、7割くらい働いていないアリがいます。そのうちの多くはやがて働くのですが、数カ月など長い時間で観察しても、2割くらいのアリはほとんど働いていないことがわかっていました。
そのシステムは「反応閾値(いきち)モデル」というもので説明されます。仕事が出している刺激値というものがあり、これがある一定の大きさになると反応して仕事を始める「反応閾値」が、個々のアリによってばらばらなんです。


人間に例えると、例えば部屋が散らかってきたという刺激値があったときに、きれい好きな人(閾値の低い人)は我慢できなくなって片付け始める。一方、ちょっとやそっとの汚れなど気にしない、閾値の高い人は、その刺激が相当大きくなるまで片付け始めないようなものです。そう言うとわかりやすいでしょう?


アリのコロニーの中の、何十匹のアリ個々の閾値が違っていて、仕事が現れたときに、まず閾値の低いアリが仕事を始めます。そうしている間に別の仕事が現れると、次に閾値の低い個体がそれをやる。そうやって仕事の量に応じて個体の閾値の違いで仕事をするようになると、アリの巣の中には誰も司令塔がいないのに、自動的に、必要な数の個体を必要な場所に配置することができるのです。ただ、このシステムでは「閾値の高い個体」は、必然的にほとんど働かなくなる。このようなシステムを「反応閾値モデル」といい、閾値のばらつきを「閾値分散」と呼んでいます。


僕たちは実際のアリを使ってこれを確かめました。面白いことに、よく働いていたアリのみを取り出してみると、その2割ほどが働かなくなり、働かなかったアリのみを取り出すと、2割ほどはちゃんと働くようになりました。結果、アリの働き度合いの分布は、元のコロニーと同じようになったのです。

 
――なぜ、「働かないアリ」がいるのでしょうか。

そうですね。科学の疑問というのは、「how どのように」と「why なぜ」があります。ほとんどの科学はhowを扱っていますが、進化生物学は「なぜ(why)そんなことをしているか」の話ですので、後者の疑問を扱っています。
コロニーの生産性を最大限にするには、全員がいっぺんに働いたほうがいいにきまっています。しかしアリは、働くのはいつも閾値の低い個体で、閾値の高い個体はほとんど働かない。いつも部屋を掃除するのはきれい好きの人で、気にしない人は仕事をしない。全員で掃除をしたほうがずっと効率的なのに、というわけです。


ところで学者というのは、案外普通のことに気が付かないもので、アリだって働くと疲れるわけです。疲れると休まないと次の仕事ができない。となると、全員が一斉に働くとまずいことが起こるのではないかと考えました。同じ真社会性昆虫のシロアリの巣には、ひとときも休めない卵を舐めるという仕事があります。唾液の中に抗生物質が入っていて、卵を細菌から守っているんです。このシロアリをごく短い時間、卵から引き離しただけで、卵は全部腐ってしまいます。おそらくアリも同様です。


卵の全滅はコロニーの全滅につながりますから、こうした仕事は絶対に途切れさせることができません。ここに着目してみました。実際のアリを疲れさせるのは難しいので、コンピュータシミュレーションで、実際のアリに見られるような反応閾値モデルをつくり、個体によって閾値の分散があるグループと、全員が同じ閾値をもって一斉に働くグループとをつくって、そこに「疲れ」を入れてみました。もちろん時間あたりの仕事の処理量は、一斉に働くほうが大きい。ところが、仕事の出現率によっては、誰かが常に休んでいるような、閾値分散があるグループのほうが、「長続きする」つまり滅びないことがわかりました。閾値の高い、いつも休んでいる個体は、よく働くアリが疲れて仕事ができなくなったときに備え、仕事を途切れさせないよう待機しているというわけです。

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