更新日: 2019.03.12 インタビュー

エキスパートに聞く「仕事とお金の話」⑪

松井証券 代表取締役社長 松井道夫氏に聞く。自分のお金を守れるのは自分だけ。自律的に責任をもって自由に生き、投資に向かうことが、大きな経済活動につながる

Interview Guest : 松井道夫(松井証券 代表取締役社長)

松井証券 代表取締役社長 松井道夫氏に聞く。自分のお金を守れるのは自分だけ。自律的に責任をもって自由に生き、投資に向かうことが、大きな経済活動につながる
バブル崩壊直後から今日の自由化を予測し、いち早く営業マンによるセールスの廃止や株式保護預かり料の無料化などを進め、日本で初めて本格的なインターネットによる株取引をスタートさせた松井証券の松井道夫社長。徹底した顧客目線の経営により、個人投資家からの支持を得て、株取引を中心に大きく成長してきた松井証券が、昨年投資信託の販売に再参入しました。投資信託の販売手法に異論を唱えていた松井社長が、今なぜ投資信託の販売に踏み切ったのか、詳しくお聞きしました。これからの日本を担う若い人たちへの熱いメッセージにも注目です。

Interview Guest

松井道夫(松井証券 代表取締役社長)

松井道夫(松井証券 代表取締役社長)

1953年、長野県生まれ。松井証券代表取締役社長。一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。1987年に義父の経営する松井証券に入社し、1995年に第4代目となる社長に就任。1998年に日本初の本格的なインターネット株取引を開始。バブル崩壊後から外交営業の廃止など次々に改革を断行。99年の手数料自由化で手数料を大幅に引き下げ、個人投資家から圧倒的な支持を獲得。2001年には東証1部上場。「証券界の革命児」と呼ばれる。

村田保子

執筆者:村田保子(むらた やすこ)

Financial Field エディター

 

 

岩田えり

Photo:岩田えり(いわた えり)

フリーランス・フォトグラファー

日本舞台写真家協会・会員。タレント・舞台俳優など人物写真を得意とする。

 

 

今までの投資信託販売は、販売会社の儲けのために、割高な手数料を取る商売だと思った

——松井証券は、20年前に撤退してから投資信託の販売を行っていませんでしたが、昨年「投信工房」というサービスを開始し、再参入されました。なぜ「投信工房」を始めようと思われたのですか? 松井社長の思いをお聞かせください。
私は30年前に松井証券に入社しましたが、その当時、証券会社が販売していた投資信託が、何ともうさんくさいと感じたんです。いかに手数料をピンハネするかという目的で成り立っているものでした。購入するたびに2〜3%の手数料を取って、さらに残高に応じた信託報酬という管理料を取る。お客さまに手数料の仕組みと金額をきちんと説明して理解してもらうという姿勢が欠けているのです。自由化とともに銀行も投資信託を販売するようになりましたが、販売会社の姿勢が変わることはなく、何十年も続いてきました。私はこういうビジネスは虚業だと思います。

私が虚業で商売をしないという信条をもったのは、松井証券に入る前に勤務していた日本郵船での経験があったからです。私が日本郵船にいた10年ほどの間に、海運業界で自由化という大きな変化が起きました。貿易立国である日本を支えるためになくてはならない海運会社ですが、自由化の前は海運会社の運賃は互いに競争しないように調整されていました。競争がない時代、荷主に選ばれるためにすることは、ピカピカのコンテナを用意すること。それが荷主に誠意を見せることでした。しかし、欧米の経済政策による自由化で、新興国の海運会社との価格競争が始めると、荷主は「雨漏りしなければコンテナなんて古くてもいいから、安い運賃を提示しなさい」と言い出しました。話が違うと思ったけれど、その通りだから仕方がないですよね。

その後、松井証券の社長になった時、営業マンに「あなたの売りは何ですか?」と聞いたら、「誠意です」と言いました。海運会社と同じことが、金融の世界ではまだ行われていたんです。これは虚業だなと思いましたね。いずれこの業界でも同じように自由化が起きる。誠意を売るのは止めようと、営業マンによるセールスを廃止しました。その後、案の定自由化が起きて競争が始まった。そこで、爆発的に普及してきたインターネットを使って、手数料を従来の3分の1ほどに下げ、株の売買を取り次ぐことにしたんです。この流れは加速し、今では最低の手数料が当時の100分の1ほどになり、対面中心の証券会社の多くが株取引の営業から撤退。ほとんどの売買がネットに移ってしまった。証券会社は株で儲けられなくなり、手数料が取れる投資信託に力を入れることになったのです。だから、次の競争は投資信託。株と同じことが投資信託でも必ず起こります。証券会社がお客さまの理解を得ないまま高い手数料を取っている仕組みを暴いてやろうと考え、「投信工房」というサービスを作りました。個人のお客さまは絶対それを分ってくれるはずです。

なぜ今、投資信託の取り扱いを開始したのかというと、投資信託運用会社が日経平均株価などの指標に連動するインデックス型の投資信託を中心に信託報酬を引き下げる動きがあり、ツールとしても販売営業員代わりのロボアドバイザーが普及してきていることから、お客さま主体の投資信託販売が実現できるタイミングがきたと判断したからです。実は20年前、各社横並びの投資信託販売手数料に納得がいかず、約3分の1にして売ろうとしたことがあります。ところが、「そんなことをされたら、他の販売会社が売ってくれない」という理由で、投資信託の販売契約を打ち切られてしまい撤退せざるを得なくなりました。それ以来投資信託を扱わず、「虚業で儲けるつもりはない」と言ってきましたが、いつかこの借りを返したいと思っていたんです。

長期、積立による国際分散投資が100円からできる「投信工房」とは?

——「投信工房」とはどのようなサービスですか?
「投信工房」は、投資信託による国際分散投資をサポートするサービスです。具体的には、インターネット上で簡単な質問に答えるだけで、ロボアドバイザーが、お客さまに合った資産運用プランや必要な情報を提供します。
個人が資産形成を目指す際には、世界経済が今後も継続して成長していくことを前提とし、その世界経済の成長にあわせて資産を増加させていくことが、最も確実性が高いと考えます。つまり「長期・分散・積立」の考え方が重要なのです。長期間にわたって資産運用を行うことで、運用成果が安定する傾向にあります。また、世界経済全体に分散して投資することで特定の地域や資産の値下がりリスクを軽減することができます。さらに、定期的に積み立てることで一時的な値上がり値下がりの影響を受けずに済みます。「投信工房」は、この「長期・分散・積立」に必要な機能を全て備えています。また、営業マンの代わりにロボアドバイザーを使い、低コストの投資信託を組み合わせてプランの提案を行うことで、お客さまが余計なコストを支払わなくても済むようにしています。また、積立額は1回100円から、積立の頻度は毎月だけでなく毎日でも毎週でも自由に設定できます。このように敷居がとても低く、資産運用が初めての方でも、手軽に国際分散投資を始められるサービスとなっています。

——コストについては、ロボアドバイザーの利用料はすべて無料で、提案するプランのすべての銘柄の購入時手数料も無料。必要なのは信託報酬のみで、平均0.37%と低コストのものだけが揃っていますね。

現在、対面の金融機関などで販売されているファンドラップというサービスは、「投信工房」と同じように国際分散投資を売りにして、金融機関に資産の運用や管理をお任せするというサービスですが、金融庁によると残高に対して平均2.2%の運用コストがかかっています。これと同じようなサービスを、お客さま自身がロボットアドバイザーを使うことで、低コストで行えるようにしたのが「投信工房」です。金融機関に資産の運用を任せても、将来の運用成果が確約されることはありませんが、運用コストはお客さま自身で確実にコントロールできます。大した差がないように感じるかもしれませんが、コストの違いは運用成果に大きな影響を与えます。

自分の身は自分で守る。投資信託の仕組みを把握することが大切

——「貯蓄から投資へ」と言われ続け、金融庁も顧客本位の業務運営を求める動きを強めていますが、この流れは本格化すると思われますか?
本格化するかどうかは、消費者が仕組みを理解するかどうかにかかっています。訳も分からないまま、これまでのように2〜3%の手数料を取られ続けるなら、投資なんてやめたほうが賢明です。投資信託の販売会社の儲けは、顧客が負担していることを自覚する必要があります。金融庁は随分前から「貯蓄から投資へ」と言及していますが、その動きはまだ本格化していませんよね。個人の金融資産1800兆円のうち、投資信託は株式と同様に100兆円程度しかありません。それは、世の中の人たちが賢くて、投資信託は販売会社だけが儲かる不合理な商品だと肌で感じていて、近づきたくないと思っているからです。この構造が変わらない限り、投資に向かわないのは当たり前です。
しかし、このままでは日本経済が回りません。投資信託を買うということは、間接的に企業の株を買うことにもつながりますから、企業の資金調達に寄与します。個人のお金が投資信託市場に入ってくれば、資金が循環し、日本経済が活性化するきっかけにもなるでしょう。だから今こそ、投資信託販売の構造を変えたいと思っているんです。

——日本では投資が根付いていないこともあり、投資へとなかなか踏み出せない人も多いようですが、そのことについてはどうお考えになりますか?
生きる上で一番大事なスタンスは、自分の身は自分で守ることです。若い人たちは、その意味をこれから嫌というほど思い知るでしょう。投資も同じです。他人任せではお金は守れない。お金を守れるのは自分だけなんです。それを得るためにどれだけ大変だったか知っているのは自分だけですから。だから投資にも自分で責任をもつことが求められます。とくに若い人は、これから人生のいろいろな局面を迎える中で、お金と無関係に生きることはできません。日本経済の行く末次第では、年金の受取額は先細りですし、ただ銀行に預金しておくだけでは、自分の老後の生活を守れない可能性があるのです。リスクを伴うかもしれないけれど、インフレになった時の備えをする必要もあるでしょう。その備えとして投資は役立ちます。

選んで買うという判断をするのは自分。自律的に投資に向き合う

——これから投資を初めてみたいという若い人たちへメッセージをお願いします。
今後は、国境を越えて人と人がつながっていく時代です。あまり日本にこだわらないで、世界中どこでも行けるんだという感覚をもって欲しいと思います。少子高齢化も国単位で考えているから問題になるだけで、それに惑わされることはありません。個人単位で考えれば、子どもの数が多いほうがいいか、少ないほうがいいかなんて一概に言えない。それは国が決めることではなく、個人の自由であるべきなのです。国家に縛られて一生を終えるのは寂しいじゃないですか。もっと自由でいいと思うし、「国家とは何か」を問い直すような時代が必ずくると思います。
将来的には、ほとんどの労働をAIやロボットがやるようになると言われていますが、それは悪いことではなくて、人間はもっと人間がやるべきことを仕事にできるようになると思います。モノからコトへ消費が移っているのもその前触れ。物質的なことはAIやロボットに任せて、人間は精神的なものに力を発揮すればいいのです。

あるインタビューで松井秀喜とイチローが、目標について同じことを言っていました。「目標は一本でも多くヒットやホームランを打つこと。打点王やMVPなど、自分でコントロールできないことを目指すのは意味がない」といった内容でした。他者が関わる結果は自分でコントロールできないから、自分でコントロールできることだけを一生懸命やるということですね。この自律的な考え方に、深く共感しました。私たちは無意識に、出世や成績トップなど他者との比較を目標にしてしまいます。でもそこにエネルギーを注ぐことを止めて、自律的な生き方をするほうが楽しいと思います。

それは投資にも当てはまります。ぜひ自律的な姿勢で投資に向き合っていただければと思います。自分で考えて判断したことに責任を取れるのは自分だけ。自律的な人間だけが責任を取ることができます。他律的な人間は責任の取りようがありません。責任と自由はセットであり、責任を取らなければ自由もない。他律的に生きることは、自ら自由を放棄することです。とくに若い人には、自律的な生き方を意識して、いろいろなことに挑戦してほしい。多くの人が自律的に社会に関われば、そこから大きな経済活動が生まれていくのではないでしょうか。

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