更新日: 2019.01.11 インタビュー

エキスパートに聞く「仕事とお金の話」

効率だけを追求すると長続きできない。「働かないアリ」に学ぶ、関係としての永続性

Interview Guest : 長谷川英祐(北海道大学大学院准教授)

執筆者 : 田中恭子 / Photo : 谷口哲

 

ダーウィニズムでは説明しきれない、真社会性昆虫の生態


 
――先生はアリやハチのような真社会性昆虫の専門なのでしょうか。


僕の専門は進化生物学ですが、こうした反応閾値モデルも、一種の「進化」といえると考えています。約160年前、チャールズ・ダーウィンが打ち出した「自然選択説」は、そこの自然環境にうまく適応した、「増殖率の高いものが増えていき、集団を占める」というものですが、真社会性の動物に関してはこれで説明できませんでした。なぜなら、子どもを生まない個体(働きバチや働きアリ)の存在が、将来の世代に伝わっていっているのですから。さらには、働かないアリがいるということも、生産効率が高い者(コロニー)が生き残るというダーウィニズムには反することになります。


1964年に、イギリスのハミルトンという人が、女王の娘である働きバチは、自分が子どもを生まずに働くことで、母親がより多く子どもを生み、自分と同じ遺伝子が将来により多く伝わるのだと説明しました。僕はこれが面白くて、大学に戻り研究することにしたんです。研究続けながら、ダーウィニズムでは説明しきれない適応や進化に注目するようになりました。

 

一時的な効率を犠牲にしても長続きすることを優先する

 
――働かないアリに意義があるというのは人間社会にも当てはまるのですか?

この本を出してから、企業や経済界などから講演や取材を依頼されることが増えました。この本がこんなに売れたのも、「働かない自分がいてもいいんだ」と安心する方が多かったのかもしれません。大手書店の調査によると、買ってくださった方の8割がサラリーマンだとのことでした。ただアリの世界はそう甘くはなく、閾値の高いアリはたとえ一生働く機会がなくともその存在を許されていますが、全く社会にタダ乗りするような個体ならば、すぐに殺されてしまいます。「働かない」という一種の余裕をもたないと生き延びられないというのは、実はすごくシビアなこと、しかしやはり余裕は必要なんですね。


経済の世界では「パレートの法則」というのが昔から有名で、組織の中の2割ほどの人の働きがほとんどの利益を生み出していて、ほかの人は会社の利益に貢献していない。でもその2割の人たちだけにするとそのうちの8割は働かなくなる、あるいは逆に、貢献していない8割の人だけにすると、そのうちの2割の人は利益を生み出すという、ある種の伝説みたいなものですが、こちらのほうが先で、アリやハチでもそうなっているのだとまことしやかに言われていました。


企業でも、利己的な利益だけを追求している企業はどんどんだめになっています。ぎりぎりまで経費や労働環境を悪くして、効率の最大化だけを成し遂げようとするような企業は結局長続きできないんですよ。それは多分どんな生き物でも経済でも同じです。
人間の組織の生産性を上げるためには、人の「閾値」にあたるものはモチベーションですので、人事管理がいちばん重要です。また、アリの場合は司令塔がいないので、反応閾値モデルで自動的に仕事を配分していますけれど、人間は司令塔(管理職)がいますから、そこにどんな人を据えるかが非常に重要です。
企業の方たちは、本当に自分たちの組織がうまくいくためにはどうしたらいいかっていうことを真剣に考えているので、僕のような門外漢の話もきこうとしてくれます。そういう姿勢っていうのは僕ら学者も見習うべきだと思いました。

 

――ほかにも、「長く生き延びる」ための生き物のシステムの例はありますか?


砂漠のカブトエビみたいな生き物は、めったに雨が降らないので、卵が乾燥に非常に強い状態で仮眠していて、濡れると孵化(ふか)するんです。けれど、何回濡れると孵化するかというのが、ひとつの母親の卵の中でものすごくばらばらになっています。1回濡れると孵(かえ)っちゃう卵から、何十回も濡れないと孵らない卵まで。短い時間での増殖だけを考えると、1回濡れたら全員孵って、また新しい子どもを生んでいくほうが、どんどん増えていけるんですけれど、砂漠では雨がどのくらい降るのかは全然予測できない。ほんのちょっとした水たまりでも、1回濡れたら全部が孵ってしまうと、水たまりが干上がったら全部滅びて終わりになってしまいます。それを避けるために、同じ母親の子どもなのに卵の孵り方がばらばらになっている。こうしたことは植物の種にもみられます。ベットヘッジング(両賭け)と呼ばれるような、例えばルーレットで赤と黒の両方に賭ければ、一度に金がなくならない、そういうことが、生物の世界でも起こっているのです。


企業の話に戻りますが、最近の大企業のなかにも、さまざまな分野のことをやって、どこかが生き残れば全体としては潰れない、という対策を講じているところがありますね。トヨタが、各部品を作る工場を1つずつ作り、効率的な生産をしていましたが、東日本大震災のときにそのひとつが被災したことで何週間か生産ラインがストップしたということがありました。効率ばかりを追求すると、いざ有事のときに、大きなダメージを被ることになるのです。

 

40億年間滅びなかった「生物関係=群集」の進化を理解する

 
――では、生きとし生ける者の生きる「目的」は、種として長続きすることなのでしょうか。

いえ、目的ではなく結果です。進化はいつも結果から解釈することしかできません。適応というのは、未来を予測してではなく、過去に経験したことに対してしかできない。ただ確実に言えるのは、生命が誕生してから約40億年間、一度も途絶えなかったものだけが今この世に生きているということです。


どんな場所にいる生物でも、生き物同士や物理環境と、利用する-される(食べる-食べられる、もそのひとつ)という「関係」を持って生きています。その集まりが「群集」。利用する者が効率を上げ、される者を使い尽くしてしまうと、利用する者自身も滅び、「関係」ごと消滅します。だから、今ある全ての生物は、「共存・共生」という滅びない「関係」として生き残っていると考えられます。それは「増殖効率」が優れた形質をもった個体が生き残った結果、「増殖率最大化」とはまた別の、僕らが「永続性」と呼ぶ物差しに最適化されていると思われるのです。働かないアリも同じような観点で考えられ、効率最大化よりも永続性を優先させています。やはり生き物にとっていちばん重要なのは「関係として滅びないこと」。それは目的ではなく「適応」の結果なのだと考えています。


自然の中に無駄なものなどなく、なんでいるのかよくわからないような生き物にも、ちゃんと存在しなければいけない理由があるのでしょう。そして全ての生物が「群集」の中で生きているのなら、群集レベルでの適応進化というものをちゃんと理解しないと、個々の生き物の適応も理解できないだろうと僕らは考えています。永続性の考えのことを「永続性パラダイム」って呼んでいますが、ダーウィニズムも永続性パラダイムもどっちも正しくて、後者が前者の制限枠です。ニュートン力学と相対性理論の関係と同じです。


生物同士の関係性も遺伝し、変異や選択もあって、時間とともに変化していきます。結局適応進化とは、そうやって群集が永続性の観点から巨大な共生系になっていく過程だと考えています。それは「増殖率最大化」だけでは説明できないさまざまな生物の有り様を説明するかもしれません。これからこうしたことを証明していきたいと考えています。


生物の群集としての進化、長い年月をかけて獲得した共生の形、そして個と群集との関係性などは、確かに人間社会にもあてはまる部分は多くあります。こうしたことを組織経営の参考にしていこうとする経営者の方々同様、僕も頭を柔軟に、いろんな分野にヒントを得て、残りの研究者人生の間、考え続けていきたいと思っています。

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