研修後「希望の部署と違うから退職したい」と新入社員から連絡が! 上司は「かかった研修費用を請求する」と言っていますが、さすがに無理ですよね? 適切な対応の仕方とは
配信日: 2025.05.19

しかし、法的には新入社員を引き留めることはできません。また、新入社員研修の費用などを請求する、というのも難しいでしょう。無理に引き留めたり、損害賠償請求をしたりすることのほうが、むしろ法的なリスクを生じます。
本記事では、新入社員研修を受けた直後に、新人が退職したいと言い出した際の法的な論点を整理し、適切な対応の仕方を検討します。
新入社員を引き留めることはできない
まず前提として、従業員が自分の意思で退職すると申し出た際、会社がそれを拒むことはできません。
無期雇用契約なら、従業員が退職の意思を会社に伝えれば、2週間後に退職できます。
有期雇用契約の場合、原則として契約終了までは退職できないとされていますが、やむを得ない場合や、労働契約期間が1年を超える場合には、契約の初日から1年以上経過していれば、会社に申し出ていつでも退職できます。
損害賠償請求はできない
では、「想定外の退職で会社が不利益を被った」という理由で、損害賠償請求はできるのでしょうか。
労働基準法16条では、労働契約の不履行における違約金や損害賠償についてあらかじめ決めておくことを禁止しています。これは企業側が従業員に対して不利な条項を定めて、人身拘束につながる可能性を防ぐためのものです。
つまり、通常の社内業務を実施するために行われる教育訓練や、新人研修や社内研修などについて、退職時に費用返還を求めることを定めておくことは、この条項に違反することになります。
また、「事前の定めがないが、損害が生じたから賠償請求する」ということもできません。そもそも研修は、会社が業務のために行うもので、業務そのものです。業務にかかる費用は、会社が負担すべきものであり、従業員に負担を求めることは間違いです。要するに「退職されたから会社に損害が生じた」とは言えないのです。
判例でもこの点は明確になっており、以下の事例ではいずれも会社からの損害賠償請求が認められませんでした。
●入社から約7ヶ月後に退職した美容室の社員に対する7ヶ月分の講習費用の返還請求
●准看護師の看護学校での学費として支給した奨学金の返還請求
●企業の命令で行った海外留学の費用返還請求
場合によっては即時退職も拒めない。会社には帰郷旅費支払いを求められる可能性も
なお、やむを得ない事情があれば、従業員はただちに退職することも可能です。 例えば、通勤できない遠距離への引っ越し、会社でのハラスメント、本人の病気などが該当します。
本件事例の場合、新入社員が「希望の部署と違う」と言っている点にも注意が必要です。
会社は、募集時と採用時に、入社時に従事すべき業務、就業の場所(勤務地)を明示しなければなりません。2024年4月からは規則の改正により、入社後の業務範囲や勤務地などの変更の範囲も明示することになっています。つまり、配属先と異動の範囲の明記が義務付けられているのです(労働基準法第15条1項、労働基準法施行規則第5条)。
労働条件通知書や労働契約書で配属部署が明記されているのに、その部署と異なる配属先を指定されたのなら、労働者はただちに退職することができます(労働基準法第15条第2項)。
もし、就業のために住居を変更していたなら、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合、会社は帰郷旅費の負担義務もあります(同条第3項)。
会社が労働条件の明示義務を怠ったり、帰郷旅費を負担しなかったりした場合には罰則も科されます(労働基準法第120条)。
本件事例の場合、新入社員に明示されていた部署と異なる部署に配属された、といった事由がないかは確認が必要です。もしそのような事由があれば、会社は新入社員の即時退職を拒めませんし、帰郷旅費の負担すらも求められる可能性があります。
根底にあるのは強制労働の禁止
このような労働基準法の定めは、労働者に有利すぎるのではないか、と思う人もいるかもしれません。
しかし、労働契約は従業員と会社が自由な意思にもとづいて締結するものです。従業員が退職を希望しているのに、その意思を抑圧して労働を強制することは許されません。違反行為には1年以上10年以下の懲役または罰金など、労働基準法の中で最も重い刑罰が定められています。
「会社をやめたら損害賠償請求するぞ」と言うこと自体が、根拠を欠く脅しであり、それこそ強制労働の禁止規定に抵触しかねないのです。
事例の上司には、このような労働基準法の趣旨をしっかり説明する必要があります。立場の弱い新入社員に対して理不尽な違法行為を行ってはなりません。会社の品格が疑われかねないだけでなく、違反行為として訴えられることも考えられます。
出典
e-Gov法令検索 労働基準法
e-Gov法令検索 労働基準法施行規則
TOKYOはたらくネット どうなる?こんなトラブル!パート・アルバイト、派遣社員、契約社員等の雇用形態で働く方のためのQ&A
執筆者:玉上信明
社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー