日本とは違う働き方改革をした韓国。改革から1ヶ月経った今の現状とは
配信日: 2018.08.22 更新日: 2019.01.07
韓国でも、似たような労働法制の改正は行われており、一部は日本に先立って2018年7月1日から施行されました。
本稿では、労働法制改正に至る韓国労働市場の背景、改正内容、改正に対する経済界からの反応や影響について紹介します。
Text:黄泰成(こう たいせい)
公認会計士(日本)
スターシア・グループ代表
慶応義塾大学経済学部卒業後、大手監査法人へ入社し、アトランタや韓国での駐在を経験。
2007年、日本に韓国ビジネス専門のコンサルティング会社(株式会社スターシア)を、
韓国に株式会社スターシア・コンサルティング(現)を韓国初の日本資本の会計事務所として設立。2017年にグループ会社として、韓国に税務法人スターシアを設立。
「日本の会計士として日系企業の期待を充分に汲取り、その期待を超え続けるサービスを提供する」という考えのもと、日系企業による韓国ビジネスの成功をサポートしている。
韓国版「働き方改革」の概要及び導入背景
「働き方改革」の大きな柱は、(1) 長時間労働の是正 (2) 正規職・非正規職の格差是正、となっています。これは、日本とほぼ同じ文脈で語られています。
長時間労働の是正
従来、1週間の労働時間の上限は68時間と解釈されていました。休日を除く平日での勤務時間40時間に残業上限の12時間。
これに休日勤務の上限1日8時間を2日分加算した時間です。ところが、休日を1週間に含めるのか否かで解釈が分かれていたり、休日を含めて週40時間+残業12時間と解釈すべきという判決が出たりしたことから、今回法律に「休日を含めて週最大52時間」と明文化されました。
施行開始は2018年7月1日です。
52時間を超えて働かせた事業主は、2年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金という罰則規定もあります。日本の改正法でも労働時間上限のガイドラインを違反した場合には半年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金とされていますが、時間上限の弾力性や罰則の程度を見ると、韓国のほうが厳格な内容となっています。
企業規模に応じて2021年までにかけての段階的適用で、2018年7月1日からは300人以上の事業所のみが対象となっています。これを受け、大企業では5時半になったらPCの電源を強制的にシャットダウンするようにしたりと、対策に躍起になっているようです。
長時間労働や過労死は韓国でも社会的問題となっています。OECDの統計によると韓国の一人当たり年間実労働時間は、2024時間とメキシコ、コスタリカに次いで第3位です。ちなみに日本は1710時間で第21位です。
このような長時間労働を是正し、「夕方のある生活」をスローガンに人間らしい生活を取り戻そう、ということで週52時間を上限とすることが厳格化されました。
また、若年層(20〜29歳)の失業率が約10%と高い水準で推移していることから、一人当たりの労働時間上限を絞ることで雇用創出効果を狙っているとも言われています。
正規職・非正規職の格差是正
格差是正に関しては、主に2つの対策で見ることができます。政府機関を中心とした非正規職の正規職化と最低賃金の引き上げです。
このうち、前者については法的に対応するというよりも、政府が産業界に圧力をかけるという方向で進んでいるようです。実際に財閥系企業の中には非正規職を廃止した企業もあります。
一方、最低賃金の引き上げは、文大統領が「2020年には時給1000円を最低賃金とする」と公約したこともあり、2年連続で大幅な引き上げがされています。韓国の最低賃金制度の特徴は、全国一律に設定されることです。
日本では都道府県ごとに定められるため、大都市では高く、地方では低くなります。実際の物価水準などを考慮すれば、合理的といえます。これに対して韓国では物価の安い地方でもソウルと同じ水準の最低賃金が適用されるため、相対的に人件費負担が高くなるという歪みが生じます。
また、2017年に647円だった最低賃金は、2018年に753円(16.4%増)、2019年には835円(10.9%増)と2年連続二桁上昇で、この2年間で約30%もの増加となっています。
いままで、それだけ賃金が低く抑えられていたという見方もできますが、経済成長が3%に満たない中で、人件費だけこれだけ上がってしまうと、中小企業が立ち行かなくなるという批判も出ています。
その一方で、労働団体からは、2020年に1000円とする公約が達成されないので、今回の上昇幅は低すぎるという批判も出ています。ちなみに10年前の2009年の最低賃金は400円でした。
「働き方改革」の影響
これらの制度改正の結果、韓国政府が考えるシナリオは以下の通りです。
一人当たりの勤務時間が短くなるので人手不足が発生する。企業は人手不足を補うため、追加雇用をする。その結果、就業者数が増え失業率は低下する。
一方で、最低賃金も上げたので、労働に分配される富は多くなり、貧困層を中心に所得が上がる。上がった所得は消費に回されるので、景気が良くなり経済成長が促される。
このシナリオ通りにうまく経済は好転するでしょうか?
週52時間制が導入されてから、まだ1カ月しか経過していないので、評価を下すのはまだ早いかもしれませんが、一連の労働改革に関しては、中小企業を中心とする産業界からの強い反発があります。
一人当たりの労働時間を制限することが追加雇用を生み出すと政府は考えているようですが、実際にそのような追加雇用を考える企業は少なく、単に業務時間を短縮することで対応しているところが多いようです。そのため、失業対策にもならず、単純に既存の労働者の残業代が少なくなることで、かえって所得減の効果を与えているようです。
また、最低賃金引き上げの影響はもっと深刻かもしれません。2018年1月まで毎月20~30万人の間で雇用者数は増加していましたが、2018年2月以降10万人前後と急激に雇用者数の増加が鈍化しています。
これは最低賃金引き上げの影響と考えられています。来年の最低賃金が2年連続で10%以上引き上げられることが発表された直後も、零細企業を中心に強い反発の声が上がりました。
小売店では人件費上昇分を吸収するため、エアコンをつけないなどの光熱費削減を模索したり、アルバイトを一人減らして自分の睡眠時間を削って働く、というニュースをよく目にしました。
今年の夏は韓国も猛暑に見舞われています。それでもエアコンをつけないので、商品のチョコが溶けてしまったという話も聞きました。
2018年第1四半期の韓国統計庁のデータを見ると、全体の平均家計所得は前年比3.7%と増加しているものの、下位20%だけを抽出すると8%の減少と過去最悪を記録しています。一方で上位20%は9.3%増となっています。
これらを見ると、今のところ、雇用創出」も「格差是正」も結果として現れていません。むしろ、「雇用縮小」「格差拡大」の方向に動き始めています。「働き方改革」が本当に意図した通りの結果を導いているのか、一度点検する必要がありそうです。