更新日: 2019.01.11 その他
身近な電気の話㉜ ガス自由化1年、電力vsガス
数百社がどっと市場参入してきた電力小売り自由化に比べると、ガス小売り自由化は穏やかな滑り出しです。
Text:藤森禮一郎(ふじもり れいいちろう)
フリージャーナリスト
中央大学法学部卒。電気新聞入社、電力・原子力・電力自由化など、主としてエネルギー行政を担当。編集局長、論説主幹、特別編集委員を経て2010年より現職。電力問題のコメンテーターとしてテレビ、雑誌などでも活躍中。主な著書に『電力系統をやさしく科学する』、『知ってナットク原子力』、『データ通信をやさしく科学する』、『身近な電気のクエスション』、『火力発電、温暖化を防ぐカギのカギ』、『電気の未来、スマートグリッド』(いずれも電気新聞刊)など多数。
目次
ガス全面自由化1年
登録事業者の内訳は、電気事業者が6社、旧一般ガス事業者が6社、LPガス事業者が7社、旧大口ガス事業者が20社、旧ガス導管事業者が9社となっており、電気事業者を除けばガス事業者がほとんどです。異業種からの参入はありません。
契約先切替(スイッチング)件数は昨年末現在、全国で約61万件に達しました。その内近畿エリアが31万件でおよそ半分を占めています。
電気は首都圏が激戦区ですが、ガスの激戦区は近畿エリアなのですね。関西電力vs大阪ガスのエネルギー戦争は熾烈を極めているようです。
全国的に見るとガスの市場競争はまだ始まったばかりで、しばらくは①中小ガス会社の系列化、②大手ガス会社の越境販売に向けた条件整備、③電気事業者の参入本格化、の3つをベースに競争市場化は進むと思われます。
新規参入を阻む2つの壁
ガス市場へ異業種からの参入がないのにはそれなりの理由がありそうです。市場規模がそれほど大きくないこともありますが、電力小売り自由化のように「電話一本」での切り替えできるほど簡単ではないのです。
事業者側にとっての高い障壁があるからだといいます。
まず、新規参入する場合の販売燃料ガスの調達障壁です。2つ目はガス導管規制が厳しいことです。
天然ガス(LNG)を取り扱っている事業者でも、新規参入のため、販売用のガス導管を建設しようとしても、新規建設が禁止されています。投資効率の観点から「二重投資」を理由に、既設のガス事業者の導管を使った託送を求められています。
さらには、自社天然ガスを保有していても、天然ガスのままでは市場取引ができない仕組みになっています。「都市ガス基準」があり、天然ガスを販売用「都市ガス」に加工する必要があるのです。
「都市ガス」の主原料は天然ガス(LNG)ですが、「熱量調整設備」でプロパンガス(LPG液化石油ガス)を混入し加工、熱量(カロリー)を高めて「都市ガス」として一般供給しています。
電気事業者は大量の天然ガスを保有していますが、熱量調整設備をほとんど持っていません。現在建設中です。
自社の熱量調整設備を持つまでは、大手ガス会社の熱量調整設備とガス導管を借りて供給するしかありません。これでは自由化に限界があります。欧米では天然ガスのままの状態で流通しているようですが、流通面の障壁は高いのです。
急接近する大手の電力・ガス会社
手を結ぶ大手の電力・ガス会社、こうした視点で最近の事業者の動向を見てみましょう。
まず中部電力と大阪ガスです。両社は首都圏での電力・ガス販売をする新会社「CDエナジーダイレクト」を設立すると発表しました。小売電気事業とガス小売事業のライセンスを取得後に家庭や法人向けの電力・ガス供給を開始します。
そのほかにも、暮らしやビジネスを支援する各種サービスの提供も予定しています。同社は夏ごろには具体的なメニューや料金を明らかにするといいます。新会社の販売用の電力とガスは、中部電力と東京電力FPが協同で設立した火力発電・燃料事業会社「JERA」から調達する予定です。
エネルギー市場の激戦区・首都圏で、中部電力は越境販売を展開する一方で、子会社のダイアモンドパワーや他社との業務提携により販売攻勢をかけてきましたが直販件数は伸び悩んでいます。
安定した顧客基盤を持つ有力な提携先が見つからないことが大きな要因だと見られています。これが首都圏進出を目論む大阪ガスとの協業に踏み切った理由だといいます。
大阪ガスの主戦場近畿エリアでは、同社はスイッチングにより関電の顧客を大量に獲得し、電力販売を堅調に伸ばしてきています。
半面、本業のガス販売を見ると、関電のモーレツな巻き返しに合い、企業収益を急速に悪化させています。このため同社は電力、ガスともに近畿エリア外での新たな事業展開が急務となっています。
ただ、大阪ガスにとっては電気事業への参入に意欲的ではありますが、販売用電力(電源)の調達に難がありましたが、今回の中部電力と提携により電源調達には見通しが得られます。
首都圏におけるガス販売の面では伊藤忠エネクスとLPG(液化石油ガス)販売の合弁会社を持っており、首都圏での「都市ガス」供給の目途がつけば、保安業務の委託先として同社を活用できますから、東京ガスの強力なライバルになるかも知れません。
肝心の「都市ガス」製造ですが、中部電力と手を組む大阪ガスは、川崎市にあるJERAのLNG基地内に、都市ガス製造用の熱量調整設備の建設を進めています。新会社「CDエナジーダイレクト」は、販売用の天然ガスはJERAから調達し、隣接する熱量調整設備でLPGとブレンドして、都市ガスを製造し販売する体制を整えることにしています。
首都圏に向かう大阪ガス・中部電力連合の動向に目が離せません。
迎え撃つ東京ガスは関西電力と不動産部門でもタッグ
迎え撃つ東京ガスも黙ってはいません。東京ガスと関西電力は3月、激戦区・首都圏で、電力・ガス小売り事業の販売力を強化するため「不動産事業でも戦略的連携を強化する」と発表しました。
両社はすでに2016年に液化天然ガス調達と火力発電所の運営に関する戦略的協力関係を提携しています。
今回の連携には関電と関電不動産開発、東京ガスと東京ガス不動産ホールディングスのほかに、事業の中核を担う企業として東京ガス都市開発、鉄道会社、ゼネコンなども加わり、首都圏での地域再開発事業やオフィスビル建設を通じて販売力強化に乗り出したのです。
関電と組むことにより、電力小売り事業も手掛ける東京ガスは、電力の販売力を一段と強化することにしています。
関西電力も東京ガスから電源確保できると同時に、強力な顧客基盤を確保できます。首都圏でウイン・ウインの関係を目指そうというわけです。
東邦ガスはライバルと手を組む電力販売
中部東海地域での、大手ガス事業の動きも目が離せません。
東海圏を販売エリアとする全国第3位のガス事業大手・東邦ガスは、電力小売り事業用の電源を、地元の中部電力から調達する方向で中部電力と協議しています。ライバル同士の電力取引に関心が集まっています。
東邦ガスは16年4月からの電力自由化を受けて、新電力の「サミットエナジー」と契約し電力を調達、家庭や店舗向けに「東邦ガスブランド」で電力を小売り販売してきました。
しかし、今後は東邦ガス独自でも他社電源を調達し、需要家と直接契約を結ぶ「自社販売路線」を強化することになりました。そこで、販売電力のベースとなる「ミドル電源」をライバル企業である中部電力から調達する方針を決めたのです。驚きです。
中部電力の火力発電所は東京電力カフュエル&パワーとの合弁会社JERAに統合されますから、東邦ガスは実際には電源をJERAから購入することになるわけです。
大阪ガスと手を組む中部電力は、東邦ガスとも手を組むわけですが、両社の関係はどのように展開するのか気になります。
中部電力と大阪ガスの気になるアライアンス
中部電力と大阪ガスの間には、もう一つ気になる関係があります。新会社CDエナジーダイレクト設立の記者会見で中部電力の勝野哲社長は、「(大阪ガスとは)三重・滋賀ラインやフリーポートを共同で展開してきた。
さらなる協業の可能性について協議を重ねてきた」と述べています。
三重・滋賀ラインとは、中部電力・四日市火力と大阪ガス・多賀ガバナステーションを結ぶ、約60kmの天然ガスパイプラインのことです。2004年に建設合意し、2014年に完成させています。
東京電力カフュエル&パワーと手を組む前から、中部電力は大阪ガスとも相互に天然ガス供給を受ける体制を整えているのです。大手電力・ガス会社間でパイプラインを結んだのは初めてで、関係者にとっては中部電力がブリッジの役割を果たす東名阪エネルギーインフラ基盤の協業化の動きは、今後どのように発展していくのか注目です。
首都圏向けの新会社にとどまらない?
こうして見てくると、今回の大阪ガス・中部電力による首都圏向けのCDエナジーダイレクトの設立は、首都圏での販売強化策にとどまらない、新たなアライアンス含みではないかと受け止める関係者もいます。
東名阪の太平洋ベルトに連なって事業展開する、東京電力エナジーパートナー・中部電力・関西電力の大手電力3社会社と、東京ガス・東邦ガス・大阪ガスのガス3大手社が、自由化戦国時代にどのような合従連衡策を展開するのか、エネルギー戦争を勝ち抜こうとする戦略戦術に目が離せません。
電力・ガス自由化の本当の競争「越境販売戦争」が本格化するのは、電力取引市場の個別システム設計が完了し、電力会社の送配電事業の法的分離が実現、ガス新規参入者の流通態勢が整う2020年以降になるのではないかとみられています。
スタート段階では近畿圏で激しさを増しているようですが、全国的にはいまはまだ小手調べの段階なのでしょう。
Text:藤森 禮一郎(ふじもり れいいちろう)
フリージャーナリスト