更新日: 2019.05.17 その他相続
【本音】プラス財産は相続して、マイナス財産からは逃げたいです。そんな事できますか?
そのような状況で相続放棄と遺贈を組み合わせ、プラスの財産を相続しつつも負債から逃れるといったことは可能なのでしょうか。
Text:柘植輝(つげ ひかる)
行政書士
2級ファイナンシャルプランナー
大学在学中から行政書士、2級FP技能士、宅建士の資格を活かして活動を始める。
現在では行政書士・ファイナンシャルプランナーとして活躍する傍ら、フリーライターとして精力的に活動中。
広範な知識をもとに市民法務から企業法務まで幅広く手掛ける。
土地だけを遺産として遺したい
Aさんは3000万円の土地を所有している反面、Xさんに5000万円の債務を負っていました。
この状態でAさんの子が相続したとすると、土地の価格よりも債務の方が大きく、債務による負担が重くのしかかることとなってしまいます。
そこで、Aさんはなんとか土地だけを遺してあげられないかと考えたところ、次のような方法を思いつきました。
(1)特定遺贈(特定の財産を遺言によって贈与すること)により子に土地を遺贈する。
(2)相続の開始後、子が相続放棄(最初から相続人でないとされ、プラスの財産も負債も相続しない)をする。
(3)子は相続放棄によって債務から逃れつつも特定遺贈によって土地の所有権を取得することができる。
さて、上記のような流れで相続放棄(民法939条)と遺贈(民法964条)を組み合わせることで、債務から逃れつつ、土地の所有権のみ相続するということは可能なのでしょうか。
相続放棄と遺贈の併用自体は可能なのですが…
特に例外的な事由のない限り、相続放棄をしつつも特定遺贈により特定の財産のみを相続するということに問題はないでしょう。
ところが、今回の事例においては、相続の放棄と遺贈の併用が認められない可能性があるのです。
では、そのような結論に至った理由について、これから説明していきます。
なぜ併用が認められないと考えられるのか
まず、相続の放棄と遺贈とは別個のものであり、相続放棄をしたからといって特定遺贈まで放棄したことにはなりませんし、前述のように併用することも可能です。
ただ、今回の被相続人(Aさん)には債務があります。
そして、Aさんの子がその債務から逃れつつも財産を相続するために、相続放棄と特定遺贈を併用しています。
通常であれば、このような行為は詐害行為取消権(債権者を害するとして一定の要件のもと債務者の法律行為を取り消す権利)によって取り消すことができる行為となります。しかし、詐害行為取消権は「相続放棄」や「遺贈」など、「財産権を目的としない」とされている法律行為には適用されません。
事実、相続放棄や遺贈について詐害行為取消権の行使が認められた裁判例は存在しません。とはいえ、この原則を貫いたのでは債権者であるXさんにとって、非常に不合理な結果となってしまいますし、「相続放棄」と「遺贈」という制度の趣旨に反する結果となります。
そこで、このような場合には「信義則(相手の信頼を裏切らないようにするべきという考え方)違反」として裁判所により、相続放棄と遺贈の併用が認められないと判断される可能性があるのです。
実際にそのような判決の下されたケースは、今のところないのですが、「相続について限定承認(プラスの財産の限度でマイナスの財産を引き受けること)したにもかかわらず、死因贈与(死亡により効果が生じる贈与)により、限定承認で得た財産とは別に土地の所有権を得ていた」
という事例において、信義則違反を理由に、取得した土地の所有権を債権者に対抗(当事者間で効力の生じた法的関係を第三者に主張)することができないとされた例があります。
以上の理由により、相続放棄と遺贈を組み合わせ、債務から逃れつつも特定の財産のみを相続するといったようなことはできないと考えられます。
相続の手続きについては専門家へ相談を
相続における手続きは複雑であり、思いもよらない部分で問題が発生することもあります。
相続について少しでも不安に感じたり、疑問に思うようなことがあれば、できるだけ速やかに専門家まで相談するようにしてください。
Text:柘植輝(つげ ひかる)
行政書士