東京都の「カスハラ条例施行」で、カスハラ客への“民事刑事責任追及”の根拠が明確に! 企業の取り組み促進のため「40万円」の奨励金制度も新設
配信日: 2025.06.14

条例自体には「罰金」は設けられていませんが、カスハラ客に民事刑事の責任を問えることが一層明確になったと言えるでしょう。例えば居座り客(不退去罪)なら3年以下の懲役または10万円以下の罰金、業務妨害に及べば3年以下の懲役または50万円以下の罰金などです。
そもそも、事業者には従業員の安全を守る義務が課されています。東京都では、中小企業のカスハラ対策への取り組みをより促進するため、40万円の奨励金制度が設けられました。
本記事では、カスハラ条例の内容と、施行に伴い実務現場で対応すべきことを解説します。
目次
カスハラ条例の基本的な考え方と主な内容
カスタマー・ハラスメント(カスハラ)とは、顧客等による企業やその就業者への理不尽なクレームや言動のことをいいます。カスハラは就業者の人格や尊厳を侵害し、就業者の就業環境を害すとともに、企業の事業の継続にも影響を及ぼします。
カスハラ防止のためには、顧客等と就業者とが対等の立場で、相互に尊重することが求められます。東京都のカスタマー・ハラスメント防止条例では次のような定めが設けられています。
・カスハラの定義の明確化(第2条)
顧客等から就業者に対し、業務に関して行われる著しい迷惑行為で就業環境を害するもの。
・カスハラ禁止の明確化(第4条)
何人もあらゆる場においてカスハラを行ってはならないことを明記
・一方で顧客の権利を不当に侵害しないこと(第5条)
・事業者による措置等(第14条)
都の指針に基づき、体制整備、カスハラを受けた就業者への配慮、カスハラ防止手引作成などに努めること。就業者は手引を遵守するよう努めること。
「罰則」がなくても効果はある
カスハラ条例には罰則はありません。罰則を設ける場合には、刑罰の対象を厳格に定める必要があります。そうすると「禁止行為でなければやってもよい」といった誤解を生む懸念があります。この条例はむしろ社会全体にカスハラ防止の啓発を行うことを狙いとしています。
とはいえ、条例そのものに罰則がなくても、行為によっては、傷害罪、強要罪、名誉毀損罪などの犯罪に該当する場合があります。刑法等に基づき処罰されることになるでしょう。
こんな行為が禁止される
カスハラ条例第2条にある「著しい迷惑行為」は「暴行、脅迫その他の違法な行為」または「正当な理由がない過度な要求、暴言などの不当な行為」を指し、広く次の行為が該当します。
違法な行為
暴行、傷害、脅迫、強要、名誉毀損、侮辱、業務妨害、不退去等の刑法に該当する行為の他、ストーカー行為や軽犯罪法違反の行為なども該当します。これらを行えば直ちに「著しい迷惑行為」であり、犯罪として処罰される可能性があります。
不当な行為
要求内容そのものが不相当である、大きな声を上げて秩序を乱すなど、行為の手段・態様が不相当なもの、とされています。顧客が正当な理由で就業者に苦情・意見・要望等を言うことは問題ありません。顧客の正当な権利です。
しかし、交渉などの際に大声をあげて秩序を乱したり、長時間居座ったりなどすることは「不当な行為」になり得ます。
就業者への身体的・精神的な攻撃、威圧的な言動、土下座の要求、執拗な(継続的な)言動、就業者を拘束する行動、就業者への差別的な言動・性的な言動、就業者個人への攻撃や嫌がらせ等がすべて該当し得るとされています。
対象者の範囲は広い
東京都の条例ですが、その対象は都外の就業者を含むなど、広く設定されています。
・事業者
都内にある事業者で官民や規模を問いません。個人事業者も該当します。
・就業者
都内の業務従事者だけではなく、都外で都内事業者の関連業務に従事する人も含まれます。都内企業の勤務者が都外でテレワークを行う場合なども該当します。就業形態を問いません。派遣、アルバイト、個人事業主、フリーランスの人、インターンシップ生、フランチャイズ加盟店の経営者・従業員なども含まれます。
・顧客等
「顧客」または「就業者の業務に密接に関係する者」とされています。後者としては「企業経営者にとっての株主」「学校教諭にとっての保護者」さらに「店舗等で働く人や著名人についてSNSで書き込みをする人」も該当します。
真剣に取り組む中小企業には40万円の奨励金
マニュアルを整備し実践的なカスハラ防止対策を行った企業等には、40万円の奨励金が支給されます。3ヶ年で1万件の企業等に支給予定です。要件は次の通りで6月に事業開始予定です。
・都内中小企業等(従業員規模300人以下)
・カスハラ防止対策マニュアルを作成すること
・以下いずれかひとつの取り組みを実施すること
「録音・録画環境の整備」「AIを活用したシステム等の導入」「外部人材の活用」
奨励金制度によって、幅広い業種の中小企業がカスハラ対策に取り組むきっかけとなることが期待されています。
事業者や職場の管理者がすべきこと
条例では事業者が行うべきことが具体的かつ明確に記載されています(第9条、14条等)。都の指針に従ってカスハラ防止体制を整備するのみならず、例えば、就業者へのカスハラがあれば、速やかに就業者の安全を確保し、カスハラ顧客等に中止の申し入れ等をするよう努めなければなりません。
逆に自分の就業者がカスハラ行為をしないように必要な措置を取ることも努力義務とされています。
事業者や職場の管理者がこのような努力を怠って就業者の就労に支障をきたすことがあれば、安全配慮義務違反が問われ、損害賠償責任を負うことも覚悟しなければなりません。
都の条例やガイドラインをしっかり読み込み、自社の体制を整備し就業者の安全保護を図っていくことが強く求められています。
出典
東京都 東京都カスタマー・ハラスメント防止条例
東京都 カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)
東京都 令和7年4月1日から「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が施行します
執筆者 : 玉上信明
社会保険労務士、健康経営エキスパートアドバイザー